Category: yuta akiyama

2019.10.30 artist statement

『廃棄された場所ともうひとつの世界』  話は、ふたりの「ケヴィン」からはじまります。ひとりは、著作『都市のイメージ』『廃棄の文化誌』にて1960年代に注目された都市計画家のケヴィン・リンチです。もうひとりは、伝説の雑誌『Whole Earth Catalog』元編集者で、雑誌『WIRED』初代編集長のケヴィン・ケリーです。  「建築・都市設計」の基板は新たなフェーズに移行しています。Googleなどのテック企業は、都市を「街ごと」買い上げして、都市デザインの実験をしています。(Google関連会社のサイドウォーク・ラボはカナダのトロント・ウォーターフロント地区で都市開発をはじめている。)地球規模で資源と資本のバランスが極まり飽和状態となったいま、インターネット誕生以降の価値変動が、現実の都市空間にも大きな影響を与え、都市計画のもつ意義も少しずつ変革し始めています。そんな時代において「廃墟となった空間で見る夢」を想起して話をしていきたいと思います。  ケヴィン・リンチの『廃棄の文化誌』。この本のプロローグは、2つのディストピアを描いたフィクションからはじまります。それらの「ディストピア世界」を下敷きにして、リンチは「廃棄された場所は絶望の場所であるが、多くの魅力がある場所でもある。また、様々な管理から解放され、自由な行動と空想を求める豊かさがある。」と述べています。加えて「新しい物・新しい宗教・産まれたての弱いものを保護する場所でもある。それは夢を実現させる反社会的行為の場所で、探検と成長の場所である。」と、かなり大胆な視点を提示しました。我々がまだ見たことが無い新しい景色をつくり上げる為にも、建築家や都市計画家はそんなディストピアの世界でこそ、計画図を描き実行する必要があると、リンチは我々にメッセージを送ったのです。廃棄された空間こそ創造的な場所であり、流動的な都市空間の中で最も重要なトポスなのです。  ケヴィン・ケリーは、今年『WIRED』の中で「ミラーワールド」というキーワードを提示しました。リアルワールドとその映し鏡の世界が統合される空間の重要性を述べています。デジタルツインという、現実の情報をスキャニングして構築された世界とリアルワールドの交差点に「ミラーワールド」は立ち現れると言います。インターネット誕生以前のものづくりは、ブロックを積み上げるLEGO的な創造域を出発点としていました。そのためテクノロジーはその延長にあり補完する術でしかありませんでした。しかし現在は、Minecraftの様にリアルワールドの外側に無限に広がるオープンワールドの中で「重力」にも「質量」にもに捉われる事のない仮想ブロックを、どこまでも積み上げていく事で、もうひとつの世界を建設できます。世界で活躍する若き建築家達は、建築設計のツールとして、仮想現実の技術やゲームエンジンなどを積極的に使っています。またBIMなど現場管理のシステム構築にも取り組んでいます。建築保存の分野においてもlidarやPhotogrammetryなどの技術を使い、これまでの建築保存とは違う保存法を更新しています。しかし、これらの動向に反応を示している日本の建築関係者は一割にも満たない状況です。今や金融システムと同じ様に、建築や不動産の業界も巨大な怪物的な循環システムとなっています。そして、その循環システムの中で私たちは生きています。  廃棄された場所(それはキタナイモノとして扱われた場)を起点に、我々アーティストは飽和状態のシステムから解放された新たな世界(それは高性能なグラフィックボードが描き出すオープンワールドや、現実世界をトレースし数値化して生まれたミラーワールドの様な世界)をレンダリングします。その世界はバグだらけの世界かもしれません。それでも、キタナイモノが社会のヒエラルキーの底辺にあるという意識を反転させた現実の鏡となる「もうひとつの世界」を我々アーティストはつくっていきます。

2019.6.18 artist statement

『Let’s open the window for the first time in many days.  or let’s go break the school window. (今日は久しぶりに窓を開けてみよう。もしくは学校の窓ガラスを割りに行こう。)』 環境犯罪学の世界では「割れ窓理論」というものがあります。建築物の窓ガラスが割れている状態を放置して置くと、周囲の建築物の窓ガラスを誰かがまた割り、その地域の治安はどんどんと悪化するので、犯罪の痕跡を街に残さずに、取り締まりを徹底していくというのもです。社会から抑圧を受け、行き場のない自己を解放するために、窓ガラスを割ってきた表現者たちは、犯罪者として徹底的に取り締まられ、浄化の流れに抗うことは出来きません。 「荒れる中学」といわれた80年代、不良学生たちは校舎の窓ガラスを割って自己主張しました。その後、若者に圧倒的な影響力を持った歌手がヒットソングで、学校の窓ガラスを割ってまわったと歌い、その歌詞に影響を受けた不良でない若者たちも窓ガラスを割りました。昭和まして平成も終わった今、若者の表現の場(ここではあえて表現と言ってみます)は大きく変化しました。 昨年日本でも公開された映画『 ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』(原題「Citizen Jane: Battle for the City」監督 マット・ティルナー |2016年|アメリカ|92分)をきっかけに、都市ジャーナリストのジェイン・ジェイコブズが再注目されています。彼女は都市犯罪を抑止するためには、人々の営みと建物の用途に「多様性」が必要だと述べています。60年代、モダニズムを下敷きにして、グリット上に建設された集合住宅に住う人々は、そのグリットの都市空間に閉じ込めれていました。彼女は閉じ込められた人々の営みを解放するために行動したのです。 実は、私も窓ガラスを割った事があります。しかし、割った窓ガラスの数よりも、建設作業員として直した窓ガラスの数の方が多いです。そう、誰かが割ったガラスは、誰かが直します。何かを壊す事と、何かを治す事は表裏一体です。誰かを傷つける事も、誰かを救う事も切り離せないのと同じです。私は建設業務上の「直す」という行為が好きです。 建物の修復を通じて、人々の心も修復出来ると信じているからかもしれません。 「直す事」も表現と成り得ます。とうぜん「壊す事」も表現と成り得ます。そうやって我々は、多くのものを傷つけ、それでも救いの術を求めてきました。だから我々は、都市空間に「表現の場」を作っていく必要があるのです。

2018.7.31 artist statement

『時代の湿度、我々は何故移動するのか』 昨今、丹下健三の再評価が目立つ。近代以後に、人々が紡いできた「都市開発」は素晴らしい効率的人工都市だった。土地の収益を最大限に拡張して行く事こそ、恒久的な街だと信じて都市は設計されてきた。首都圏に限らず、その為の交通網を日本全国に敷いてきた。地形を掌握する土木事業と人口獲得があってこその開発と資源。収益の最大化を最優先にし、その土地の背負うリスクを考えてこなかった。液状化する埋立て地も、津波による災害から逃れられない海抜の低い土地も、収益の最大化というビジョンの元に提出される設計図には計上されなかった。大きな震災から七年が経った今。それでもまだ「戦後に偉人が成し得た人口都市の成功例」と「無条件に共有される伝統という虚構の街並み保存」を力点に語られる建築土木界。若い建設作業員は、どんどん減っている。建設現場に「職人」といえる作業員が殆どいない事は、若き建築志望者達も気づいている。限界集落をはじめ、各地方では「今ここにある資源を利用していく事でしか生きていけない」という現実、そして放っておくことの出来ない負債を「恒久的で無くとも、最大で無くとも、収益にするアイデア」を求めている。それはもう「資源」では無く「ゴミ」でしか無い、既に「資源」とは言えない。余りにも劣化した都市の計画図に、若い表現者は興味無い。そもそも、丹下の時代とは異なり、設計された「図すら存在しない」こともある。日本のこの湿度が高くジメジメとした蒸し苦しい夏になると、我々は無条件に過去に起こった悲劇を思い起こさせられる。戦後日本に山積みになった社会問題とされる課題が飽和状態となった平成の後半に、大きな震災やグローバリズムの解体があり、もう何処から課題を片付けていいか分からない状況、身動きの取れない状況を続ける事は、「図すら存在しない」時代の延長になってしまう。だとしたら半世紀前に造られた効率的な都市設計によって敷かれた交通網を使い移動する我々はいま、どんな設計図を提示するべきなのだろうか。

2018.1.5 artist statement

『Super Circulation / 超循環』 大型ホームセンター行くと、木材コーナーにパーチクルボードという、木の小片に合成樹脂接着剤を塗布し一定の面積と厚さに熱圧成形してできた、木質ボードの板状製品が置いてある。原料としては主に産業廃棄物として回収された解体廃材である。私はホームセンターに行く度に、今でも、あの光景を思い出す。それは酷いトラウマとして、そして夢の様な冒険記として記憶に深く残っている。 この仕事をはじめてもう少しで20年が経とうとしている。十代の私にとって建築現場は憧れの地であった。自分がいつか建築家になって歴史に残る建造物を建てる日を夢見て、工事現場の派遣アルバイトを高校生の私は始めた。その殆どは荷揚げ作業や掃除作業だが、学校の教科書では学べない経験ばかりであった。体力的にはきついが、学べて稼げるのであれば、必要なだけ働くつもりでいた。SF映画のワンシーンのようなあの光景を体験するまでは。 そこは粉塵で視界が全く無い深い人工の洞窟の中。その洞窟の正確な寸法は覚えていない。直径十メートル以上はあった様に思う。私たち作業員は、大袈裟なマスクとゴーグルをして、地上から階段で深い底まで降り、ブラシで大鋸屑の掃除をする。洞窟の上部には巨大なミキサーがある。産業廃棄物処理認定を受けたトラックが廃木材をそのミキサーに投げ込む。ミキサーで粉砕された木のチップはパーチクルボードの材料になるらしい。そこで働く在中作業員が昼休みに教えてくれた。この日は体の器官中に粉塵が入り込んだ感覚で、まともに昼飯が喉を通らなかった。身体の危機を感じて食事どころではなかった。二年続けた派遣のアルバイトはこの日で辞めた。次の日も同じ産業廃棄物処理工場の地下清掃が派遣先だったからだ。身体が洞窟を拒否する感覚と恐怖で電車に乗れなかった。 私が美術をやる意味は、あの光景を忘れないで生きていく事と近いのではないかと思っている。廃棄の先に生産された一枚の圧縮されたボードと、あの経験を切り離さなさずに生きていくこと。あの洞窟は、私の好奇心を餌に、体を疲弊させ意識範囲が狭くさせ、感覚が自己把握できない状態に陥りさせた。しかし、朦朧とした私は身体の危機を感じつつも、何か興奮していた。廃棄物の末端の世界に私はいた。それはメトロポリスの世界か。ブレードランナーの世界か。アキラの世界か。 いま施工中の工事現場まで千駄ヶ谷駅から歩いている。目の前には新国立競技場の建設が急ピッチで進んでいる。もう後戻り出来ない状況から、開催への道を推し進める祭典への高揚する気持ちが湧き上がる。モニュメンタルな建造物は完成の瞬間にオーガズムに達するのではない、建設中こそ最も興奮する。あの前の国立競技場は何処へ行ったのか。何処へ廃棄されたのか。そんな過去の競技場の行方と、実現しなかった競技場へ想いを馳せながら、缶珈琲で冷えた手を少しばかり温めて現場に向かう。

2017.8.17 artist statement

『ground under/グラウンドアンダー』 去りまた来る大規模災害と祝祭を前にして。共同体の「文化か安全か」。我々はその二者択一を突きつけられている。 この先、数十年後を考えるならば、第一に安全が重要であることは疑いの余地はないが、一方で共同体の文化や営みを考えることも同じく欠かせない。 この「いかなる街をつくるか」という難問を前に、我々はただ沈黙することは許されず、常に誰かに解答を迫られている。 約半世紀前に、生命として建築と都市を捉える想像力を掲げた先人がいた。 彼らは、都市全体を細胞の集まりと見立て、状況にあわせて生まれ変わっていくような、可変的で柔軟な身体性を持った都市を夢見た。 その思想は実らなかったが、この国が過渡期にある現在だからこそ、もう一度立ち戻って検証してみる必要があるのではないか。 わたしは「豊かな仮設」を試みる。 主に仮設という言葉は画一的で無機質な固いプレハブ小屋を想起させるだろう。わたしが提案する「豊かな仮設」とは、「風化と更新」をその特性とする。「豊かな仮設」における建築は、数年で建物自体が部材の劣化によって風化していくものである。 しかし、風化していく度に、進行形で移り変わる状況に対応していくような可変的な身体を志向する。ちょうど戦後の焼け野原に建ったバラックのように。 それこそが「豊かな仮設」であり、そしてその中で待つことで、かの難問である現在の街を考えるための時間を作る。 我々は「豊かな仮設」の中で暮らしながら、目下の地面を暴き出す。そうして現れた、歴史と文化が刻まれた地層の断面を解析し、最後に杭を打ち立て、新しい街をつくる足がかりとする。 すなわち、考えるために待つのだ。 そのための「豊かな仮設」である。 思考しながら待ち、地下を掘りつづけながらも潜伏し、手を止めることなく目前に広がる地層と対峙する。それは正しく、時間の蓄積であり、文化や歴史や因縁の堆積物との対話である。 縦方向に連なる層を読み解くために、わたしたちは遥か下方に潜りつづける。 座標軸にある理論上の原点に至るまで。  

2016.5.5 artist statement

『吾ガ家〜過去未来〜』 震災後の想い「自分がやるべきことは建物を建てることではなく、建築の過去や未来において失われた可能性に何かしらの形で接続すること」 図らずも新国立競技場は驚くほどに、多くの日本人に建築とは何かを問うきっかけとなった。ただ、その中身は余りに複雑化した日本建築業界の構図により、しっかりと紐解かれる事は無く「ザハの死」と共に過去のものとなった。いまや「緑と調和」という最も現代の日本人らしい建物が完成するまで深い議論は必要とされていない。いや完成してしまえばただのハコとなってしまい、議論もへったくれも無い。土地の意味もなにも忘れ、建った時点で全て終わりだ。 建った時点で終わり、それは公共建築だけではなく一般住宅の場合でも同じだ。むしろ建築確認申請の時点で、すでに「土地と建物の関係性」は過去のものとなってしまう。その建物が数十年後に取り壊されるまで全く土地と建築の価値は更新されない。 「建物が建った瞬間に建築は死ぬ」そう思う。 建築が未来に続いて生きるには「常に建築を進めて更新し続けなければならない」 それはどういった意味か? 磯崎新の「粗大ゴミ発言」を思い起こしつつ、私は先週ある一冊の本を古本屋で見つけた。「日本の建築土木ドローイングの世界」という本だが、この中にヒントがあった。それは毛綱毅曠という建築家のよる「国際フォーラムのコンペ案」である。それは当時の磯崎が考えていた以上に国家の進む方向とはそぐわない提案であった。しかし、あたりまえに国際フォーラムがそこに存在する今。この土地の可能性はもっと複雑で、現在の国際フォーラム(整頓されたガラスの箱)であるべきなのか、毛綱案は問いかけてくる。そして以前この場所は都庁(新宿移転前)があった土地でもある。磯崎はそのことの意義を訴えている。 ザハ・ハディドの新国立競技場案は「緑と調和のスタジアム」にとって、いつまでも亡霊として存在し続けるべきだ。 「建築が死んでしまわないためにも」

地蔵堂修繕

    《地蔵堂修繕》ステイトメント 災害、伝説、共同体の記憶。様々な文脈が息づく倒壊寸前の抜け殻となった地蔵堂は、作家の手によって、その記憶を留めつつ変態を遂げた。 外観で一際目を引く「青い塗料」は、小名浜を語るに欠かせない水夫たちの船舶に使用されているものである。加えて、地蔵堂近隣に鎮座する海亀と海蛇を祀る諏訪神社の鳥居も同種類の青で着色されている。この艶やかな青は、水夫たちに彼らの誇りである海を、近隣住民には諏訪神社にまつわる個人の記憶を思い起こさせることだろう。  建物の中腹には半透明の波板が配置されており、地蔵堂内部に降り注ぐ外光を追うと、歪んだ「六角形の像」がうかがえるようになっている。正面口には移設された扉の代わりに「影」としての新設された扉が入口を塞いでおり、修繕された現在の地蔵堂の出入口は裏手にある。身を屈めるようにして入口をくぐると、ところどころ破けた鰐口が吊るされ、隅には「地蔵盆」での清め塩が置かれた狭い異空間へと観賞者は誘われる。  空間の中では、すきま風とそれに揺られ軋む木材と自身の息づかいが交差する。沈黙の中、観賞者は「六画台座」に向き合う。この台座の上に「子育延命地蔵尊堂」は鎮座していた。災害の犠牲となった水夫たちの鎮魂の場として、もしくは田植えをする若い夫婦の代わりに子守りを助けた地蔵の伝説を言い伝える場として、地蔵堂は機能してきた。そして、史実と伝説の中心である地蔵尊像の不在によって、観賞者はこの「六画台座」に、見える筈もない像の姿を見るだろう。  修繕された本作品は、最終的に作家自身によって解体される。そして、解体された地蔵堂の残骸は、新たな建築物の血肉として、 破壊を担った作家の手によって再び生を与えられることなる。すなわち、 建物の残骸を集積し、別の資材と混ぜ合わせることで、全く異なる建造物を製作しようというのだ。そしてそのプロセスは、作家がその手を止めるまで、半永久的に繰り返される。  姿を変えながら、ひとつの場所に留まることなく空間を移動し続けるこのフローの中でこそ、建物は生き続ける。小名浜の地で只解体を待つのみだった未来から分岐し、その存在を朽ちさせるまで、生を全うするのだ。地蔵堂に刻まれた小名浜の死者と生者の記憶は、別の文脈 に接続されることになるかもしれない。そしてその偶然の出会いは、作家の思考の範疇を越え、メタモルフォーゼを遂げ、 一つの生命体として独立することだろう。

modelroom

「model room / モデルルーム」Statement 満足に眠ることもままならず、自国の未来を想像することもできない。そんな今「夢を見ること」は限りなく不可能になっている。インターネットにはフェイクニュースと下品な広告ばかりが溢れた現代。イメージだけが氾濫し、イマジネーションは枯渇して行く。しかし。こんな時代だからこそ「夢を見ること」について我々は考える。  夢というものは「過去と未来」その両方からやってくる。そしてそれを同時に具現化した空間が「モデルルーム」だ。昨日までの日常。そして、これから訪れるであろう新しい生活。ふたつの異なる時間がひとつの密室にフィードバックされ、人々のイマジネーションは活性化する。つまり「モデルルーム」とは人間に夢を見させる装置なのである。 『僕はアパートの壁に寄りかかって、かつての恋人を想う。若かりし頃に戻りたまふと願わん僕の愚かさ。この部屋の外に夢は無い。この部屋で寝ていたら、まだ少しの夢はみれる気がする。きっとこの部屋の前の住人も、僕のあとに住むであろう住人も、この部屋でなら夢はみれるはず。』  『薄いカーテンをつらぬいて差し込む太陽の光が嫌いだから、布団から出るのがめんどくさくなって、学校を休んだ。だけどすべてが手の届くところにある。友達も、アニメも、YouTubeも、食べ物も、顔を見たことのないちょっとだけ好きな人も。そして夢を見ないためにクスリを飲んで、わたしはこの部屋と世界をリミックスする』